禰宜への道を絶たれた鴨長明
禰宜職争いに敗れた長明は、和歌や琵琶の世界に没頭します。和歌は平安時代末期の歌人である俊恵法師にならいました。俊恵法師は「千載和歌集」に選ばれ、小倉百人一首にも選ばれる歌を作ったほどの歌人です。琵琶は中原有安という人物に習いました。
以後、何度も歌会に出席し、歌人としての実績を積み上げます。1204年、河合社の禰宜職に欠員が出ると、鴨長明は立候補しました。このとき、鴨長明は後鳥羽上皇から推薦の内意を受けます。
これに真っ向から反対したのが下鴨神社禰宜である鴨祐兼でした。鴨祐兼は河合社の禰宜に自分の息子をつけたいと考えていたからです。
結局、河合社の禰宜には鴨祐兼の息子が就任。鴨長明はまたしても禰宜職に就く機会を逃しました。神職として出世することがかなわなくなった鴨長明は出家。京都近郊の東山、大原、日野で隠居生活を送ります。
方丈記の執筆と方丈記の文学史上の評価
鴨長明は晩年、京都の日野に草庵を営みつつ、世の移ろいを観察し記録に残しました。それが「方丈記」です。カナまじりの漢文である和漢混交文で書かれた現存する日本最古の随筆とされますね。
随筆とは、見聞したことや心に浮かんだことなどを自由に書いた文章のこと。全体構成や順序などにあまりこだわらず、筆に任せて心の赴くままに書き綴る文章です。
鴨長明は神道や仏教、漢文、和歌など幅広い知識を持つ教養人でした。平安末期から鎌倉初期の動乱を生き抜いた鴨長明は、仏教的無常観を強く意識。様々な実例を挙げながら、人生の無常を書き綴りました。
鴨長明の文章は簡潔で清新だと評されます。過剰な文章表現を避け、淡々と事実や感想を述べるスタイルで書かれた「方丈記」は「枕草子」や「徒然草」と並ぶ随筆文学の傑作とされました。
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方丈記の有名な章段
日本三大随筆にも数え上げられる「方丈記」には数々の名分が収録されています。今回はもっとも有名な冒頭文や1181年から翌年にかけて日本を襲った「養和の飢饉」、1185年に京都を襲い、その後、3か月にわたって余震が続いた「元暦の地震」などについて記した章段を紹介しましょう。
「ゆく河の流れは絶えずして」で知られる冒頭文
「方丈記」といえば、多くの人が思い浮かべるのが冒頭文ではないでしょうか。「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」。
時代の移り変わりを川の水に例え、歴史が絶えず流動し、新しいものへと入れ替わっていることを表現します。この冒頭文の中で鴨長明は、「方丈記」全体に通じるテーマである無常観を全面に押し出していました。
長明は冒頭文に続いて、人の世や家も川の流れと同じと説きます。ある家は栄え、ある家は衰える。同じ人が同じ場所に住み続けるとは限らない。常に入れ替わっている。
鴨長明は、有為転変は世の習いとする自分の考え方を示しました。変化の激しい現代に住んでいる私たちにとっては、時代は昔よりも激しく流れているのかもしれません。
養和の大飢饉
1180年、日本列島は水不足に陥りました。全国各地で干ばつが発生し、農作物の生産量が激減します。そのため、極端な食糧不足である飢饉が発生しました。この時の飢饉は年号をとって養和の大飢饉といわれます。
1180年といえば、以仁王が平氏討伐の令旨を発し、木曽義仲や源頼朝が挙兵した年。源平が争う治承寿永の乱の真最中でした。
ただでさえ、各地で戦いがおき、人々は戦火に苦しんでいたというのに、追い打ちをかけるように干ばつが原因の大飢饉が日本列島を襲ったのです。
「方丈記」では、「築地のつら、道のほとりに、飢ゑ死ぬもののたぐひ、数も知らず。取り捨つるわざも知らねば、くさき香世界に満ち満ちて、変わりゆくかたち有様、目もあてられぬ事多かり」と書き、京都市中にたくさんの遺体が放置され、阿鼻叫喚の様相を呈していたことがわかりますね。
元暦の地震
1185年7月9日、京都を中心に大地震が発生しました。発生した時の年号をとって元暦の地震、または、地震が原因で改元されたため、改元後の年号をとって文治地震ともいいます。
「平家物語」では、「この度の地震は、これより後もあるべしとも覚えざりけり、平家の怨霊にて、世のうすべきよし申あへり、」などと記され、4か月前に壇ノ浦で滅亡した平氏の怨霊の仕業と書かれました。
「方丈記」では「また、同じころかとよ、おびたゝしく大地震ふること侍りき。そのさまよのつねならず。山はくづれて河を埋み、海は傾きて陸をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波にたゞよひ、道行く馬はあしの立ちどをまどはす。」と書かれます。
その他の記録とも併せて読むと、元暦の地震は約3か月にわたって余震が続く大規模なものだったことが判明しました。
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