日本の歴史

芥川賞と直木賞の違いって?日本で一番偉い(?)文学賞の歴史、受賞作から傾向まで解説

「第三の新人」と日本文学黄金期

終戦後は日本の文学が円熟したことに伴い、キラ星のごとき面々が受賞者名簿に名を集います。再開直後の1949年下半期受賞者はあの井上靖。また、『砂の女』『箱男』などで日本文学を変えた作家の1人である安部公房や、「第三の新人」と呼ばれた『遠藤周作』も名前を連ねました。マーティン・スコセッシ監督が映画化もした、キリシタン小説の傑作『沈黙』を後に書くことになる遠藤周作は、現在では世界的に評価されてもいます。

「太陽族」という言葉を生み出してムーブメントを巻き起こした石原慎太郎『太陽の季節』が芥川賞の歴史を変えました。出版業界の人が10人くらい集まってちんまりと祝うだけだった芥川賞は、作家が学生であったことや過激な内容が話題性を呼んだのです。記者会見にカメラが居並び、スポットライトを浴びる芥川賞・直木賞は「都知事」のイメージの石原慎太郎が作ったんですね。

さらにのちのノーベル文学賞受賞作家・大江健三郎、女流作家の巨匠・田辺聖子など、そうそうたるメンツが並ぶ芥川賞の1960年代ごろはギラッギラの日本文学黄金期です。その後、1970年代に至って村上龍が『限りなく透明に近いブルー』を受賞。懐古主義ではないのですが、昭和期はまだわりと、芸術性や実力を鑑みての選考が行われていた印象です。さて平成は?

いま、芥川賞は「地雷小説を踏まないための基準」!?

2003年下半期の綿矢りさ「インストール」金原ひとみ「蛇とピアス」で、アイドル的にジャーナリズムのムーブメントをかっさらった芥川賞。しかしこの辺で最後の光を放ったあとに、芥川賞は一気に凋落していったように筆者には思えるのです。だって芥川賞は基本的につまらない作品ばかりですから。短編ないし中編で、私小説で、技巧で小難しく書いてあって、芥川賞はつまらない。――芥川賞は現在、そんな賞です。読書家の間ではおおむね共通認識で、筆者も筆者の周囲の本読みも口をそろえています。

あえておもしろくない小説に受賞させているのでは――そんな疑惑をおぼえるほど、ネームバリューだけが先走っている現在の芥川賞はつまらないです。とはいえ村田沙耶香『コンビニ人間』や又吉直樹『火花』は、好評価に値する佳作。又吉氏の『火花』は、本人がお笑い芸人ということもあり「話題性狙いによる受賞」と批判もされましたが、硬派な私小説作品と評価して良いと思います。

村田氏の『コンビニ人間』で「なぜ面白いのに『コンビニ人間』が芥川賞をとったのか」という疑問が業界関係者のあいだで湧いたほどだったと言うのですから、おもしろさと芸術性というものの業は深いですね。ちなみに『新世紀エヴァンゲリオン』に芥川賞をあげよう!という動きも実際にあったそうです。人間の内面を極限までえぐり、14歳という不安定な思春期の子供のドラマを極めた物語。結局は実現しませんでしたが、もしエヴァが……と考えると、不思議な気分になります。

直木賞の歴史

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さて続いて、直木賞の歴史へ。直木賞は、大衆文学をもっぱらとする中堅小説家へ与えられる賞です。いわば「ここまで業界で頑張ってるで賞」というところでしょうか。実力だけではなく、世間での話題性や知名度もかなり重視されている傾向にあります。当初は新人や無名作家への授与もされていましたが、現在は中堅作家ないし長老レベルの作家が受賞する賞です。さて本当に直木賞はエラくて面白い賞なのでしょうか?いかに。

直木賞は、歴史小説・時代小説祭り!?

さて直木三十五賞の年表を見てみましょう。1970年代まで、歴史小説や時代小説の受賞率がすさまじく高いです。というのも、賞設立のきっかけとなった直木三十五の小説家としての代表作『南国太平記』の存在が大きいとのこと。幕末・お由羅騒動を描いたファンタジー時代劇。べらぼうに面白く、筆者もイチオシの時代小説です。この直木三十五の代表作が時代小説であることに、時代小説・歴史小説に受賞作家が多いのはその影響を受けているという説もあります。

1970年代ごろまでの受賞作家をピックアップしてみましょう。井伏鱒二、山本周五郎、山崎豊子、司馬遼太郎、井上ひさし……みんな歴史小説や時代小説を書く作家ですね!たしかに時代小説・歴史小説は安心してのんびり読めるもの。いわゆる「安全牌(パイ)」かもしれません。

ちなみに受賞が一時期まではほぼ不可能だったのが、推理小説というジャンル。えっ、おもしろくて大衆文学の代名詞的存在なのに?しかし後述しますが、直木賞というものは終身制の選考委員で構成される「頑固」な賞。現在も受賞が難しいのは、ファンタジーやSFという比較的日本においては新しいジャンル。どっちにせよ賞を選ぶのは人間なのですね。

1980年代から変化していく受賞作の作風

直木賞の歴代受賞作家をつらつら眺めるに、時代小説と歴史小説祭りですが、1980年代前後から変化が起こります。1979年上半期に阿刀田高が『ナポレオン狂』1980年上半期『かわうそ』で向田邦子が受賞。このあたりから徐々に時代小説の縛りがゆるむのです。

1990年代、乃南アサや宮部みゆき、重松清、角田光代などの、現在もベストセラーでおなじみの作家が次々と受賞します。これらの世代が2010年代後半の選考委員となった影響もあり、直木賞は現代日本を舞台にしたエンタテインメント小説も選ばれるようになりました。

作家とひと口に言ってもいろんな作風やジャンルがあります。大衆文学というと、幅広く、多くの人を楽しませるエンタテインメントとしての小説。その象徴としての直木賞ですが、2000年代以降は特に、「そのころヒットを定期的に飛ばせていた作家」が栄誉賞的な意味で受賞している印象です。では直木賞は、おもしろい作品や作家がとる賞なのでしょうか?

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