小説・童話あらすじ

【文学】フランツ・カフカ「変身」を解説!不朽の名作の意味深な暗喩って?

ある朝起きると、男は害虫に変身していたーー20世紀初頭に誕生した、不条理文学の傑作『変身』。作者のフランツ・カフカはこの作品を爆笑して朗読したと言いますが、実際に読むと悲哀のにじむ物語です。なぜ平凡なセールスマンのグレーゴル・ザムザは『変身』しなければならなかった?そして、この作品であまり気づかれない「ツッコミどころ」とは一体?謎に満ちた小説『変身』の謎を解いていきましょう。

【あらすじ】フランツ・カフカ『変身』

初版本の表紙
http://www.new-york-art.com/Mus-jewish-kafka.htm, パブリック・ドメイン, リンクによる

不朽の名作『変身』。小説好き・文学好きなら一度は読んでおきたい、文学史を変えた天才カフカの才能の結晶です。ある朝、目がさめたら1人の男が毒虫に変身しており、そこからはじまるドタバタ劇、日常の崩壊……。1人の個人に、そして家族に降りかかった不条理な出来事。それを徹底したリアリズムで描いた、どこかズレた不安の感覚と、孤独感。あなたも、カフカの世界へ。

ある朝、グレゴール・ザムザは……。

 ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。

  ――フランツ・カフカ『変身』原田義人 訳

完璧な冒頭ですね。いきなり主人公グレゴール・ザムザは、理不尽で不条理な状況に放り込まれます。セールスマンのグレゴールがある朝目覚めると、見るもおぞましい虫の姿になっていました。職場の支配人がやってきて遅刻を責め立て、家族が焦る中、グレゴールの姿があらわになります。毒虫に変身した、おぞましい見た目のグレゴールをどのように家族は扱うのか?「毒虫」となった一家の働き手を、家族はどのように接することにするのでしょうか。

働き手が「虫」になったことで、家族は困窮に直面します。貯えは頼りにならず、定年退職していた父親は銀行の小間使いとして、グレゴールの妹グレーテはデパートの売り子として働き、また母親も下着縫いの内職の仕事に就くこととなりました。その間にも、グレゴールは毒虫の姿のままで部屋に閉じ込められたまま……。

グレゴールを待ち受けている運命は?そして家族はどんな決断を下すのでしょうか。不条理で理不尽な「変身」に唐突に襲われた彼らの心はどのように変化していくのか……どこか浮ついた不安な感覚が終始漂い、なぜかユーモアを感じることもできる、20世紀文学の傑作です。

コレを書いたフランツ・カフカって一体?

Kafka.jpg
anonymous (the author never disclosed his identity); as much is indicated by omission of reference in 1958’s Archiv Frans Wagenbach. – http://www.tkinter.smig.net/Stuff/Kafka/index.htm, パブリック・ドメイン, リンクによる

作者フランツ・カフカはチェコ出身のドイツ語作家。現在のチェコ共和国の首都・プラハに生まれました。両親はユダヤ人です。当時、現在のチェコ共和国はオーストリアハンガリー帝国の領土でした。ギムナジウム(日本の中学校~高校相当)時代にはすでに作家になる夢を抱き、その後は保険局員の仕事についています。半官半民の企業では、8時から14時まで昼食を食べずにぶっ続けで働くというライフスタイルの代わり、午後はフリー。その時間を小説執筆にあてました。結核を病み、1923年に40歳の若さで亡くなります。

カフカの死後、彼の文才を見込んでいたマックス・ブロートは、「死んだら焼き捨ててくれ」という親友の遺言を破りました。フランツ・カフカの遺稿を世に発表したのです。それまでは『変身』など数冊の著作が知られるだけだったカフカは、一躍再評価・再発見をされました。20世紀を代表する実存主義作家と言われています。

しかしそんなこんなで、現在知られているカフカの作品の多くはマックス・ブロートが発表した遺稿です。『城』『審判』などは未完成なままで現代の私たちは読むことになりますが、そのすべてが奇妙な不安感と孤独感の漂う、そして謎にみちたおもしろい小説なんです!『変身』はカフカ作品にめずらしく、完成され生前に出版もされた作品。「表紙に虫の絵は絶対使わないでくれ」と強く出版社に要望したカフカ。その理由は、読めばあなたもわかりますよ。

ココが変だよ!カフカ『変身』の2大ツッコミどころ

image by iStockphoto

さてフランツ・カフカの『変身』は、人物が人間以外の生物に、謎の力で変身するというおとぎ話のようなシチュエーションを持ちながら、その描き方は徹底したリアリズムです。この物語はさまざまな象徴や暗喩に満ちあふれていますが、同時に謎を解釈する楽しみもあります。この章では、読んでいるさなかあまり気づかない、『変身』の2大ツッコミポイントをご紹介。

#1 なぜ「なんで虫に!?」と誰も突っ込まないのか!

あっ、虫になってる!朝起きたら自分の体が人間以外のものに変身していたら、当たり前ですがパニックになりますね。しかし物語では、ただただ、家族もグレゴール自身も「グレゴール・ザムザが虫になったことに動転」しますが、なぜ毒虫となったこと自体に対しては、原因究明や対策はされません。

しかし意外と私たちは、衝撃的な事件が身内に起こったとき、根本的な原因究明というものをしないものかもしれません。なぜこんなことになってしまったのか、どうしたらいいのか、どのようにこれから生活していけばいいのか……。たとえば病気、事故、事件、怪我などの理不尽な災害のようなもの。『変身』は災難の物語ですが、1つの家族の抱えた病巣とも言えるものを浮き上がらせる、絶妙な事件です。

1人の大人の男性がいきなり虫になる、というファンタジーのようなシチュエーションでありながら、圧巻のリアリズムで物語は読者に迫ります。しかし、なぜグレゴール・ザムザは毒虫になったのか……あなたは、どのように読み解きますか?

#2 喜劇としてとらえていた作者カフカの思考回路の謎

ラスト近くで筆者は毎回涙してしまいます。ザムザ!りんご!しかし作者のフランツ・カフカはこの『変身』を「コメディ」として書いたそうです。あまりにも悲惨で凄惨な姿、悲しみや苦痛が描かれたこの作品。何をどうやったら笑いながら読めるというのでしょうか?

筆者は分析を重ねてみました。この『変身』を気をつけて読んでみたのです。突拍子もない目の前の出来事に、くだらないまでに大げさに反応している、どこかズレた人物の姿。このように、『変身』は実は、コメディの条件を満たしています。1人の男、グレゴール・ザムザが毒虫となったことで苦痛にかられることになった家族の肖像。けれど「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見ると喜劇である」という、喜劇王チャップリンの格言があるように、虫に振り回される家族の姿は、あまりにも大げさでこっけいです。

フランツ・カフカは実は、絶望的な状況をシニカルに、こっけいな光景としてながめる才能があったのかもしれません。一度目は、あなたの心のままに読んでみてください。そしてコメディとして試しに読むのも、味わい深いものですよ。オーバーアクションすぎる人物の様子に、クスリ。

引きこもりってこんな感じ?現代に通じるザムザの暗喩とは

image by iStockphoto

ある朝起きたら、自分が「害虫」に。ーー毒虫と翻訳される語は、ドイツ語原文では「鳥や小動物を含む、有害生物全般」を示します。一説には甲虫のような虫ではないかと言われますが……。さてこのおぞましい、触れることも、掃除のために部屋に入って目に触れるのもイヤになる、毒虫。読んでいるさなか、グレゴール・ザムザの扱いにふとあるデジャヴを覚えます。現代日本につながる『変身』の読み解き方の1つをご紹介しましょう。

次のページを読む
1 2
Share: