平安時代日本の歴史

『伊勢物語』って何?有名な6話を元予備校講師がわかりやすく解説

高校の古典で扱われることが多い『伊勢物語』。ただでさえ、難解に感じる古文なのに、歌の解釈まで入ってきますから教材としてはちょっと、とっつきにくいかもしれませんね。しかし、内容は面白く、現代でも十分に読みごたえがある物語なんですよ。今回は、『伊勢物語』の概要と独断と偏見で選んだ『伊勢物語』の抜粋6話を元予備校講師が紹介します。

『伊勢物語』について

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『伊勢物語』は平安時代を舞台とした歌物語です。古くから使われている日本の言葉である「大和言葉(やまとことば)」で書かれ、作品の中には数多くの和歌が登場しますね。『伊勢物語』で主人公だとされるのが平安時代の貴族、在原業平です。『伊勢物語』の一つ一つの内容を紹介する前に、『伊勢物語』とはどのような物語か、歌物語とは何か、在原業平とはどのような人物かといった『伊勢物語』基礎知識をまとめます。

『伊勢物語』とは

伊勢物語』は平安時代中期に書かれた歌物語です。作者はわかっていません。主人公は平安時代前期の貴族である在原業平とされます。業平が主人公と考えられたことから、『伊勢物語』の別名として、『在五中将の日記』『在五中将物語』などというものもありますね。

物語は業平をモデルとする「男」の人生を追うように展開します。冒頭の「むかし、男、うひかうぶりして」という部分から、主人公のことを「昔男」とよぶこともありますよ。

作品の構成は、1段完結型の話が多いですが、内容が複数の段に及ぶこともあります。しかし、近接している章段の内容が緩やかにつながっているなど、ある程度、物語としての一貫性は維持されました。

現在最もポピュラーなのが、藤原定家が書写したとされる「定家本」。全125段、和歌209首からなりたちます。このほかにもいくつかありますが、今回は定家本をベースに話をすすめましょう。

『伊勢物語』に代表される歌物語と歌徳説話

歌物語とは、平安時代につくられた和歌を中心として構成された短編物語のこと。『伊勢物語』や『大和物語』、『平中物語』などが有名です。歌物語は和歌の由来や背景を語る「歌語り」がメインですね。どうして、このような歌が詠まれたのか、歌を作った人物がどのような人なのかといった文章が書かれるのが普通ですよ。

ところで、「大和言葉」で詠まれる和歌には神仏を動かす力がある、と昔の人が考えていたことはご存知ですか。

『古今和歌集』を編纂した紀貫之は、『古今和歌集』の冒頭分である『仮名序』で、「やまとうた(和歌)は、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける(中略)(歌には)力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思わせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心も慰むる」と述べ、歌には神仏を動かす力や男女や武士の心を動かす力があると主張します。

歌によって神仏などを動かし、歌を詠んだ人を助けるなどした物語を歌徳説話といい、『伊勢物語』にも登場しますよ。

主人公とされる在原業平について

『伊勢物語』の主人公とされる在原業平とは、いったいどのような人物だったのでしょう。業平の父は平城天皇の第一皇子、阿保親王でした。天皇家につながる高貴な血筋でしたが、祖父の平城天皇が薬子の変で失脚したこともあって、業平は天皇家を離れ、在原氏を名のることになります。

業平は美男で自由奔放に生き、和歌の道にも秀でていました。そのため、六歌仙三十六歌仙の一人に数え上げられます。恋多き男性としても知られていました。

代表例は、清和天皇の女御でのちに皇太后となる二条后(藤原高子)、伊勢神宮に斎宮として仕えた恬子(てんし)内親王など高貴な女性との交流もあったようです。

官僚としての業平は、藤原氏による高位高官独占のあおりを受けたため、思いのほかふるいませんでした。

独断と偏見で選ぶ『伊勢物語』の内容6選

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『伊勢物語』全125段をすべて読むのはとても大変です。また、どの物語が良いかというのもそれぞれに好みが出るところですよね。今回は、有名どころや筆者が個人的に気に入っている6つの段を紹介しましょう。もし、この記事を見て興味を持った方がいらっしゃいましたら、ぜひ、『伊勢物語』の訳本を読むことをお勧めします。

初冠

平安時代、何歳に成人の儀式は人それぞれ。その人にあった年齢で儀式が行われます。男性の成人の儀式を元服といいました。その際、男性は初めて頭に冠をかぶります。このことを「初冠(うひかうぶり)」といいました。

ある男が元服の儀式を終え、初冠をかぶったあとで、奈良の都の近くに狩りに行きます。行った先の里には若々しくて美しい姉妹が住んでいました。二人を見て、すっかり心を乱してしまった「男」は、着ていた服(狩衣)の袖を切って、歌を書き、姉妹に送ります。

美しい姉妹を見て心を奪われるというのはわからないでもないですが、紙もないのに、自分の服の袖を切ってすぐに「あなたに心を奪われてしまった」などという和歌を書いて贈るというのは、何とも情熱的な話ですね。

筒井筒

高校の古典の教科書によく出てくるのが「筒井筒」です。登場するのは「男」と「女」の二人。地方をめぐって生計を立てていた人の子供で、互いに幼馴染だった男女。子供のころは井戸の近くで二人で遊んでいましたが、大人になると恥ずかしがって、意識しあうようになります。

男は、この女と結婚したいと思うようになり和歌を贈りました。「井戸の周りで井戸の井筒と背比べをしていた私の背は、あなたに合わないでいる間に、こんなに大きくなって井筒を越してしまったよ」と男が和歌を女に送ります。

すると女は「(そうね、あなたと長さを)比べあってきた私の髪も長くなってしまったわ。あなた以外のために髪を結う(大人になる・結婚する)でしょうか。いや、あなた以外にない」といった歌を返しました。幼馴染の微妙な距離感が伝わってきますね。

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