なぜ生き物は進化するのか
生き物は長い時間をかけて少しずつ姿を変える、そう信じるようになると、新たな疑問が浮かんできました。もし、種がその姿を変えてきたのだとすれば、その原因は何なのかということです。
その答えは意外にも、科学とは関係のない本がヒントを握っていました。経済学者のマルサスが書いた『人口論』です。この本によると、世界の人口はずっと増え続けることができません。食べ物が不足して飢餓が起きたり、戦争が起きるなどして、人口が増え続けることを周りの環境が阻止しているのです。
ダーウィンは、同じことが動物にも当てはまると考えました。「有利な特徴をそなえたものが生き残り、そうでないものは滅びていくという考えを突然思いついた。その結果、新しい種ができていくにちがいない。」
例えば、キリンを例にみてみましょう。首の長いキリンと短いキリンがいるとします。食べ物が少ない厳しい時期に、首の長いキリンは高いところにある木の葉を食べることができ、生き残ってその特長を子孫に伝えられますが、首の短いキリンは子孫をつくる前に死んでしまうでしょう。つまり、動物は生まれてきたものすべてが生き残るのではなく、それぞれの種の中で、いちばん強いもの、食べ物をみつけることがうまいもの、逃げ足がはやいものが生き残っていくのです。ダーウィンはこの考え方を「自然選択」と呼びました。
キリスト教の世界を揺さぶる葛藤と苦しみの大発見
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これらの発見は、ダーウィンにとって決して喜ばしいことではなく、むしろその後の人生の葛藤や苦しみの原因になりました。種は姿を変えていくという進化の考え方を発表するのは、旧約聖書の創世記の記述に反旗をひるがえすこと、「まるで殺人を告白するような気分」だったからです。実際、自らの理論を発表したのは、航海から7年以上が過ぎてからでしたし、『種の起源』を刊行したのは思いついてから20年も後のことでした。そんなやっとの思いで発表した「進化論」、周りにはどのように受け止められたのか、みていきましょう。
評価がわかれたダーウィン理論
1859年11月『種の起源』は1250部があっという間に売り切れ、すぐに改訂版を出す用意に取りかかりました。彼の出版した本は、ある学者には「喜びよりも苦痛を感じて」読まれ、またある別の学者からは「これほど大きな印象を与えた博物学上の業績はありません」と言わしめました。スタートは、まったく異なる反響をもって迎え入れられたようです。
ダーウィンに関わりの深い人たちの間でも、評価は分かれました。彼の理論を支持したのは、同じように世界をまわった若い学者が多く、反対に彼がお世話になった恩師たちにとっては、彼の理論は受け入れがたいものでした。
誰の血を引いているのがマシか?否定派vs肯定派の弁舌バトル
ダーウィンの理論をつよく否定したのは、聖職者たちでした。彼の理論は、創造の観念に矛盾しており、種が不変ということは、神様がつくった種が不完全だということの証明のように思えたからです。また、ダーウィンの「すべての生き物が共通の祖先からわかれて誕生した」という考えは、人間を自然界の中で特別の存在だと思っていた人たちからすると、受け入れられないものでした。ダーウィンの理論をちゃんと理解していない人は、「人間はサルから進化したのか!」と騒ぎたてます。
ダーウィン理論の反対派との戦いは、1860年にオックスフォードで開かれたイギリス学術協会の総会でクライマックスを迎えました。オックスフォードの司教サミュエル・ウィルバーフォース主教は、散々ダーウィン説を攻撃した後、肯定派の生物学者トマス・ハックスリーに向かって感じの悪い質問をしました。「先生はサルをご先祖だと信じておられるようだが、それはあなたの祖父の方ですか?それとも祖母の方ですか?」聴衆は爆笑し、大拍手がわきました。ウィルバーは勝ち誇って着席しました。
ハックスリーは静かに話し始めました。「私は祖先がサルであったとしても、少しも恥だとは考えません。祖父母のどちらもがサルの血をひいているほうが、ずっとましですよ。真実をばかにすることに才能を使うような人物の血をひくよりはね。」このハックスリーの言葉に、聴衆は拍手喝采し、肯定派の勝利が決定しました。
ダーウィンの理論が与えた影響
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ダーウィンの理論である「生命の進化」は、科学にとっても常識にとっても不可欠なものになりました。この考えが認められるまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。それでも、ダーウィンの理論を周りの科学者たちが守り、証拠を積み重ねながら正しいことを証明していきました。そうして少しずつ受け入れられていった彼の理論は、科学以外の分野にも影響を与えていきます。
「進化論」に影響されたマルクス
ダーウィンの「自然選択」の理論に影響を受けた人物に、『資本論』の著者カール・マルクスがいます。彼は、激しい生存競争の中で環境に適応した生き物だけが生き抜いていく姿と、資本主義経済の企業を重ね合わせました。『資本論』を書きあげたマルクスは、著書をダーウィンに献呈しています。