室町時代戦国時代日本の歴史

南蛮人の技術をパクれ!「鉄砲伝来」の意義とはー日本の産業革命を紐解く

【早合点(はやがてん)】の語源となった鉄砲の逸話

本能寺の変で織田信長が亡くなったのち、各地で羽柴秀吉に付くものと、徳川家康に味方するものが分かれることになりました。

羽柴方の森長可は、敵方になった遠山友忠の籠る苗木城(岐阜県中津川市)を攻めるため、大軍を率いて進軍することに。

その軍勢が坂折峠に差しかかった時、遠山方の鉄砲名人、小池忠兵衛、喜三郎の兄弟が待ち構えていました。そして悠々と軍勢を従える森長可に向けて、小池兄弟は狙いを定めてズドンと射ち放ちました。森長可はバタリと馬から転がり落ちます。

小池兄弟は勝ち誇るように「小池兄弟が、敵の大将森武蔵守長可を討ち取ったり!」と大声で名乗りを上げて引き上げていきました。

しかし大将の森長可は馬から落ちはしましたが、運良くかすり傷ひとつ負っていませんでした。小池兄弟はてっきり長可を討ち取ったものだと思い込み、大声で自分たちの名を叫んでしまったのが運の尽き。後になって探し出され、長可によって成敗されてしまいました。

よく確かめもしないで早合点(はやがてん)するのは良くないということで、この逸話を「坂折峠の早合点」と呼ぶそうです。

日本の戦国史を彩った鉄砲

image by PIXTA / 59082405

鉄砲という画期的な武器の登場によって、日本の戦国時代は様変わりしました。戦術の変化もさることながら、甲冑の様式もより耐弾性のあるものが工夫され、築城法も高石垣や塗込め壁などが登場しました。何より戦国時代そのものを終わらせたのも、鉄砲の役割に負うところが多かったのではないでしょうか。まさに歴史そのものを変えたといっても過言ではないでしょう。

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明石則実