大正日本の歴史明治昭和

明治時代から昭和時代まで存在した「大日本帝国憲法」について解説!

大日本帝国憲法の欠点

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大日本帝国憲法の最大の弱点というのが内閣制度の脆弱性でした。

憲法制定のときグナイストは伊藤に対して、「イギリスのような責任内閣制度を採用すべきではない。なぜなら、いつでも大臣の首を切れるような首相を作ると国王の権力が低下するからだ。あくまでも行政権は国王や皇帝の権利であって、それを首相に譲ってはいけない」と助言していたため、大日本帝国憲法では内閣や内閣総理大臣の項目はありませんでした。

これに目をつけたのが軍部。軍部は天皇のもとでかろうじて政治を運営している内閣の脆弱性を利用して統帥権の独立を盾に勝手な行動を起こすようになります。

これがいわゆる統帥権干犯問題となり、その後の太平洋戦争へとつながっていくことになったのでした。

日本国憲法への移行

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こうして成立した大日本帝国憲法でしたが、1945年に日本が敗戦しアメリカ中心の連合国が日本の間接的に支配するようになると大日本帝国憲法に変わる新しい民主的な憲法を製作するように日本政府に命令を出します。

日本が提出した松本案は大日本帝国憲法とほとんど変わりがないとされ、最終的にはマッカーサーによって憲法草案が作成され、日本国憲法が成立。1946年11月3日に公布され、翌年5月3日に施行されました。

これによって大日本帝国憲法は事実上消滅し、日本は新しい時代を迎えることととなったのです。

大日本帝国憲法は明治時代の日本の行く末を決定した憲法であった

大日本帝国憲法は日本を近代化した最大の理由となりましたが、その一方で統帥権の独立などが軍人に悪用されたことによって太平洋戦争につながることにもつながっていきました。

大日本帝国憲法はまさしく日本の行く末を決める憲法であったのです。

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