大正日本の歴史

5分でわかる恋愛小説家「堀辰雄」生涯・作品は?わかりやすく解説

2.芥川龍之介との別れと新たな出会い

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堀辰雄の人生は、多くの死と直面するシーンの連続といえるのかも知れません。親しい人の死、愛する人の死、そして自らの死。多くの死と向き合うことで、彼の心情の移り変わりが小説の作風に対して如実に反映されているともいえますね。

2-1.芥川龍之介の死

大正15年となった22歳の時、同じく室生犀星に師事していた中野重治らとともに同人誌「驢馬(ろば)」を創刊。注目を浴びることになりました。

のちに辰雄以外のメンバーは左傾化して当局に睨まれますが、そんな中でも彼らとの友情は続き、思想に関係なく親交が途絶えることはありませんでした。

ところが昭和2年、辰雄にとって衝撃的な出来事が起こります。師とも兄とも仰ぐ芥川龍之介が自殺したのです。龍之介は体調がすぐれず、それに金銭や女性問題も積み重なって睡眠薬を大量に飲んで亡くなりましが、この出来事は辰雄にとって生涯消えない傷となって残りました。

龍之介は自殺する間際に、個人宛ての遺書とは別に原稿を残していました。

「自殺者は大抵レニエの描いたやうに何の為に自殺するかを知らないであらう。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。が、少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安で有る。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安で有る。」

引用元 「或旧友へ送る手記」より

2-2.私小説「聖家族」を発表する

筆者はこれを、弟のように可愛がっていた辰雄への遺書のようなものだと思うのですね。

のちに発表される「風立ちぬ」の中でも、結核を病んだ節子の心情として「切迫していないぼんやりとしてた不安」が描き出されていますし、生とは何か?死とは何か?ということを龍之介の死をきっかけとして導き出したと考えるのです。

そして龍之介の死から3年後、辰雄は一つの代表的作品を発表しました。「聖家族」と題された小説は、辰雄と龍之介たちの関係性やそれを取り巻く人間模様を描いたもので、いわば私小説ともいえるものでした。

この作品の前後に辰雄はまたしても喀血し、病状に臥せることが多くなりました。文壇では高評価を得たものの、作品のモデルとなった龍之介の恋人親子との関係が断絶するなど、辰雄にとっては暗い時代だったといえるでしょう。

2-3.「風立ちぬ」のモデルとなった矢野綾子との出会い

執筆活動は続けるいっぽうで、辰雄の病状はなかなか回復せず絶対安静の状態が続いていました。昭和8年、29歳の時、軽井沢のつるや旅館で小説「美しい村」の執筆に入ります。

このつるや旅館は現在も営業していて、古き良き軽井沢を感じられる場所になっていますね。

辰雄は、たまたまこの旅館に静養に来ていた矢野綾子と出会いました。この時の様子は「美しい村」の中で細かく描写されています。

 

「窓ぎわに、一輪の向日葵が咲きでもしたかのように眩しい少女が立っているのが見えた。黄いろい麦藁帽子をかぶった、背の高い、痩せぎすな、一人の少女が、彼女の方をぼんやり見つめていた「私」に素直な、好奇心でいっぱいなような視線を向けた。」

引用元 「美しい村」より

2-4.綾子との幸せな日々

綾子は愛媛の今治銀行頭取の娘で、たいへん裕福な身の上。しかしそのようなことを気にしない二人は、だんだんと距離を詰めていくことになったのです。

綾子は絵を描くのが大好きで、たびたび辰雄と連れ立っては散歩をしたり、絵を描きに行っていたそう。傷心の辰雄も徐々に気持ちが和らぐようになり、打ち解けるようになりました。

しかし綾子が軽井沢へ静養に来ていた理由は肺結核のため。しかし、それでも寄り添っていきたい辰雄は彼女と一緒になることを決意します。

実は綾子には銀行員の婚約者がいましたが、綾子の強い願いによって婚約を破棄。翌年になって改めて辰雄と婚約を交わすのでした。

2-5.再び愛する人の死に直面する辰雄

婚約は交わしたものの、一向に綾子の病状は回復せず悪くなるばかり。昭和10年6月、肺結核の綾子を連れて長野県富士見高原療養所へ二人で入院します。辰雄は自分の病室を空にしてまで絶えず綾子に付き添い、看護を続けました。

しかし必死の看護の甲斐なくその年の12月に綾子は死去。24歳の短い一生を終えました。綾子は死に際に際して「本当に幸せだった。」と辰雄に告げ、父親に対しては「辰ちゃんは本当にいい人。だから良いお嫁さんを見つけてあげて。」と言葉を残したそうです。

自分の母親、そして最愛の人を相次いで失った辰雄の心情を慮れば、これは立ち直れないほどのショックだったことでしょう。綾子への思い、そして人の死に対する彼の観念は、昭和12年に書き上げられた「風立ちぬ」に凝縮されていると表現しても良いのかも知れません。

「風立ちぬ」冒頭の一節です。

 

風立ちぬ、いざ生きめやも」(風が立ってきた。さあ生きてみようか!)

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明石則実