岡本綺堂の傑作時代小説の3選
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岡本綺堂といったら時代小説!あの『半七捕物帳』をはじめ、岡本綺堂の出世作、そして岡本綺堂作品を片っ端から読みふけった大ファンの筆者が渾身の力をこめてオススメする傑作まで。文章を読むだけでタイムスリップできるような小説って、意外と少ないんです。それをやってのけるのが岡本綺堂。風俗や歴史、逸話の細やかな描写が魅力の岡本綺堂の時代小説を3作品、紹介します。
#4 『半七捕物帳』
伝説の捕物小説『半七捕物帳』。日本人なら一度は絶対に読んでほしい、大江戸シャーロック・ホームズシリーズです。1話完結の短編小説シリーズ。半七老人の昔語りを、青年記者の「私」が書き記すという体裁で書かれています。
物語は幕末。岡っ引きの半七が、江戸で繰り広げられる事件を解決すべく奔走します。迷信がはびこり、神仏への信仰が篤かった江戸時代だからこそ起こる怪奇な事件も。あなたはこの謎を解けるでしょうか?江戸時代を舞台に多くの作品を書いている宮部みゆきさんも『半七捕物帳』の大ファンだということはよく知られています。宮部ファンの方もぜひ手にとってみては。
『半七捕物帳』の素晴らしいところは、その美しい見事な情景描写!せっかくなので作中から引用しましょう。
手桶に水と樒とを入れて、半七は墓場へ行った。墓は先祖代々の小さい石塔で、日蓮宗の歌女代は火葬でここに埋められているのであった。隣りの古い墓とのあいだには大きい楓が枝をかざして、秋の蝉が枯れ枯れに鳴いていた。墓のまえの花立てには、経師職の息子が涙を振りかけたらしい桔梗と女郎花とが新しく生けてあった。半七も花と水を供えて拝んだ。拝んでいるうちに何かがさがさという音がひびいたので、思わず背後をみかえると、小さい蛇が何か追うように秋草の間をちょろちょろと走って行った。
――岡本綺堂『半七捕物帳 お化け師匠』より
すごいですね。
#5 『修禅寺物語』
岡本綺堂の出世作。ちょっと時代背景が複雑なので解説しましょう。時代は鎌倉時代前期。鎌倉幕府第2代将軍、源頼家は北条氏の策略により、伊豆の修禅寺に幽閉されました。若き将軍は湯殿で暗殺されます。わずか23(満21)歳でした。母、北条政子の命令によるものという説も有力です。
若くして無念の死を遂げた青年将軍の最期にあたる修禅寺での日々を描いたのが、『修禅寺物語』。修禅寺の近くに居を構えていたのは、面作師(おもてつくりし)の夜叉王、その娘、かつらとかえでの姉妹。姉のかつらは、ふとしたことから幽閉中の源頼家に見初められました。しかし面を彫る職人である父・夜叉王は頼家の顔に死相を見るのです。果たしてその夜、起こったこととは。
伊豆の修禅寺に「頼家の面(おもて)」という、古い木彫りの仮面がおさめられています。それを見た岡本綺堂が降ってきたインスピレーションをもとに著したのが、この『修禅寺物語』です。この脚本は新歌舞伎で大ヒットを飛ばし、岡本綺堂の出世作となりました。圧巻の愛の物語です。
#6 『小坂部姫』
姫路城天守閣の頂上には、美しい女性の妖怪、魔性のお姫様が住んでいる――。その伝説をベースにして書かれた伝奇時代小説が『小坂部姫』。筆者が岡本綺堂作品で一番好きな小説です。ちなみに小坂部姫は「刑部姫」「長壁姫」(読み方は「おさかべひめ」)とも記されます。
物語は南北朝時代。『徒然草』の作者・吉田兼好の庵に1人の美しくろうたけた乙女がやってきます。彼女は、将軍・足利尊氏の執事である高師直の一人娘、小坂部姫。塩冶判官の正妻に横恋慕した父の苦悩をなんとかするべく、和歌の名手である吉田兼好に助力を求めたのです。彼女が得た秘密の和歌とは?そして京の都をうろつく眇目(ひがらめ)の唐人とは。恐ろしい秘密と末路が待ち受けています。
ヒロイン小坂部姫の美しく聡明で凛とした姿。『源氏物語』や『平家物語』にも通じる雅な、もののあわれの世界。眇(ひがらめ)の男と、侍女の侍従、そして恋人の采女で追手から逃れる危険な逃避行はハラハラドキドキです。夢中で読んでしまう、雅でかなしく怪しい物語。伝奇小説好きなら一度は読みたい名作です。
読まないなんてもったいない!素晴らしき岡本綺堂の世界
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現在ではマイナーな作家にカウントされますが、岡本綺堂は間違いなく日本で最高レベルの時代小説・伝奇小説作家です。短編で気軽に読みやすく、美しい読みやすい文章と圧巻の描写力。1つだけオススメするとしたらやはり『半七捕物帳』。物語だけでなく、その時代その舞台の生活や空気まで感じ取れます。小説でタイムスリップという、貴重な読書をすることができますよ。いざ岡本綺堂の世界へ。