小説・童話あらすじ

【文学】「ジキル博士とハイド氏」を解説!一人で二人の顔を持ってしまった二重人格の破滅の物語

実際の「多重人格」ってどんなもの?――解離性同一性障害という苦しみ

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多重人格――以前の診断名は「多重人格障害」ですが、現在はアメリカの診断基準に合わせて世界的に「解離性同一性障害」「解離性同一症」と呼ばれています。物語の「ネタ」として扱われがちなこの病気。精神疾患としての解離性同一性障害についても念のため、触れておきましょう。

小説である「ジキルとハイド」での二重人格は、薬品により雰囲気や外見まで様変わりする、ちょっとSFチックな怪奇現象。しかし実際には、非常な苦痛にさらされた人間が自衛のためにとる、れっきとした精神疾患です。発症の要因とされるものは、虐待や暴行、激しいいじめなどの、主に幼少期に与えられる心因性ストレス。自分の中にまったく別人格が生じ、人格が交代しているあいだは記憶が欠落します。症例の1つとして「いい子に育ててきた子供が、実は親の顔色をうかがってその苦痛のあまり、人格が乖離して解離性同一性障害を発症した」というものもあるのです。物語を彷彿とさせませんか?

この病気は、自殺に追いつめられることも少なくありません。実際の解離性同一性障害と、ジキルとハイドの「二重人格」を同一視しては決してならないのです。しかし「極端な抑圧とストレス」によってもう1つの人格が生まれざるをえない状況がある、という見解を、精神療法の確立されていない時代に立てたスティーブンソン。ただものではありませんね。

「ジキル博士とハイド氏」の真の象徴とは

女狂いもしたいし、ギャンブルや盗みも、人殺しだってしたい!多かれ少なかれ「悪」は魅力的です。それをしない理由の1つは、健全な日の当たる世界での自分が失われる恐怖があるから。ジキル博士はハイド氏になることを、やめられません。「いい子」を、やめたい。優等生として生きてきた人間にとっては、痛切な思いです。

さらに特筆すべきは、ヴィクトリア朝時代の二律背反なモラルと生活の姿。ジキル博士がハイド氏になって愉しんでいたのは、同性愛や乱交だったという説もあります。神さまの決まりに背く同性愛は当時、大罪!傑作『ドリアン・グレイの肖像』の作者オスカー・ワイルドが同性愛者として裁判になったことは有名です。

ヴィクトリア朝時代英国文学の特徴の1つは、セクシャルな内容を一切書くことができないという点にあります。極度の禁欲的な思想のもとで生活が営まれていた、ヴィクトリア朝時代。人間の欲望を描くために小説家はあの手この手。だからこそ「肝心なところを書かない」秀逸な文学が生まれたわけですが……。『ジキル博士とハイド氏』はそんな、保ち続けなければならない良識というものの耐えられない重さの結果でもあるのです。

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変身してでも、怒られずに悪いことしたい

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古典的であるがゆえに、現代のわれわれが読むと『ジキル博士とハイド氏』は陳腐に見えなくもありません。「二重人格オチ」ということで有名だというのもありますが、実際の作品を読むと圧巻の筆力にハラハラドキドキ。しかし、もしもあなたが、悪いことし放題を許される魔法のような術を与えられたら、どうしますか?筆者はもしかしたら、その魔法を使っちゃうかもしれません。ジキル博士とハイド氏と同じように。

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