室町時代戦国時代日本の歴史

南近江を代表する「観音寺城」はこんなに素敵!歴史系ライターが解説!

観音寺城へのアクセス

 

車の場合

名神高速道の各ICから国道8号線へ入り、五個荘南交差点を府道202号線へ。塚本交差点を左折し、トンネル前の信号を左折すると有料道路【林道観音正寺線】へ入ります。その終点が観音正寺の駐車場。そこから徒歩で10分ほど。

 

公共交通機関の場合

最も近い駅はJR安土駅ですが、徒歩で40分も掛かるためレンタサイクルの利用をオススメします。安土城方面にも自転車で行けますから便利です。

またはJR能登川駅から近江鉄道バス【観音寺口経由八日市行き】に乗車し、観音寺口で下車。西へ300メートルほど進むと結神社があり、境内の中に観音正寺への参道があります。徒歩で50分ほど掛かります。

または山の西面にある桑実寺経由で登城するパターンもオススメ。ただし桑実寺境内を通るので拝観料が必要となりますね。こちらは登りやすい石段もありますし、観音寺城の各曲輪や石垣を眺めながら登れるので、ガッツリお城を楽しみたい方には最適です。

壮大な石段が魅力的!【伝本丸跡】

普通の山城の場合、城主がいる本丸部分は最も高所にあるものです。しかし観音寺城の場合はかなり違って、山の斜面の中腹に本丸が存在しています。

これは能登半島の七尾城などにも見られることですが、重臣たちの屋敷地と高低差がないということは、それだけ六角氏の立場が弱かったことを意味しているのです。とかく戦国大名は圧倒的な力で重臣たちの上に君臨しているように思われがちですが、六角氏の存在が家臣たちの微妙なバランスの上に成り立っていたことがわかりますね。

この本丸跡へ続く石段は非常に見事なもので、非常に重要な通路の一つだったのではないでしょうか。本丸入口にあたる虎口も見ごたえあるもので、大きな石垣で虎口を形成しています。また食い違い状になっているため防御に優れているといえるでしょう。

今でも満々と水をたたえる【井戸跡】

本丸の虎口を出て少し下ると伝長束丸という曲輪があり、そこには往時から使われていたとみられる井戸跡があります。斜面をくりぬいて石で周りを補強してあり、そこから水が湧いているものと思われますね。

今でもこんこんと水が湧き出ているらしく、ちょっと整備すれば使えそうなくらいです。周りを見渡すと重厚に石垣で固められていますから、そこが重要な水場だったことがよくわかります。

豪壮な石垣を見たいのならココ!【伝平井丸跡】

本丸からさらに下に降りると伝平井丸という曲輪があります。六角氏の六宿老だった平井氏の屋敷があった場所ですね。曲輪の南側には大きな石垣で造られた虎口があり、登り石段と合わせて美しい光景が広がっているのです。

観音寺城は戦国期に造られた城郭ですが、伝平井丸の虎口石垣はまるで近世城郭のような雰囲気を漂わせており、いかにも「城!」といった佇まいは素晴らしいの一言です。こんな巨石をどうやって山の上まで持ってきたんだろう?と感心するはず。

北尾根沿いには曲輪が密集【大土塁&大石垣】

先ほどまでご紹介したのは山頂から南へ降りる南尾根にある曲輪群でしたが、次に頂上を挟んで北側(観音正寺方面)へ延びる尾根筋をご紹介していきましょう。

頂上付近にある曲輪は【伝澤田丸】【伝三国丸】ですが、そこから尾根を伝って歩いていきます。すると右側に曲輪群を眺められますね。実は歩いている尾根じたいが大きな土の壁(大土塁)になっていて、西からの敵の侵入を防ぐ役割を果たしているのです。

その高低差は4~5メートルほどもあるでしょうか。下へ降りることも可能ですから、ぜひ大土塁を下から見上げてみて下さい。まるで大土塁を補強するかのように大石垣が組まれているのです。廃城になってから450年も経つのに、これだけの大きな石垣が残っていることが驚きですね。

観音寺城の周辺にも足を伸ばしてみよう!

image by PIXTA / 7926993

観音寺城のある繖山(きぬがさやま)周辺にも魅力的なスポットが数多く存在しています。そのいくつかをご紹介していきましょう。

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明石則実