メルヴィルは「白鯨」と「バートルビー/漂流船」とやはりこの「ビリー・バッド」を読んでみないと分からない。無論その他にも著者作の品は結構あるが、良くは分からないけれど、あとは「ピエール」だろうか。「ビリー・パッド」は「白鯨」のように長編ではないし、白鯨とエイハブ船長の執念を描いているのではない。また「バートルビー」のように、「できればせずにすませたいのですが」[I would Prefer not to]と謎めいた言葉を発するのでもない。一人の若くて誰からも好かれる船員の激情にかられた行為が悲劇的結末を引き起こすのである。「バートルビー」よりも現実味がある。現実から引き出したメルヴィルの記述であるようだ。
「解説」として大塚寿郎が行っているが、メルヴィルの経歴を含めて的確に書いていて分かり良い。そして本書の読み解きについても賛同する。その論旨について紹介したい。簡単に言えば「物語」は曖昧で不確定と言うことである。本書は寓話的な物語、歴史・政治、それにメルヴィル自身の個人的体験の三本の糸が絡まさっていて解きほぐすことができない。神学的にも政治的な意味もなくて寓話でもない。ポストモダン的な「不確定性」や「曖昧」と言った言葉であらわされるものである。ホーソーンがメルヴィルを「信仰にも不信仰にも満足できない」と評したことに通じている。いわゆるオチのある物語ではない。何が正義なのかではなくて、誰の正義なのかが問われている。そしてオチがあると思っていた物語は曖昧で不確定なものなのであり、そんなポストモダン的な空気を吸って私たちは生きているのである、というのが解説者の論旨である。確か、J.ブリゴジンも「確実性の終焉:時間と量子論、二つのパラドクスの解決」という哲学書の中で、ニュートン力学の確実性から量子論の不確実性に入れ替えて論じていたとの記憶がある。
ただ、言えるのは、きっとメルヴィルは海軍の反乱事件を題材にして思いのままに筆を走らせたに違いない。そして何度も書き直して自らの意に沿って本作品を仕上げているのだろう。本作品はメルヴィルの没後に発刊されている。なぜ何度も書き直したのかが問題となる。無論、自らの意に添わせるとは自らの文章によって描かれていることである。即ちエクリチュールとして歴史と現在の世界から影響を受けて作り出した自らの文体が縦横に発揮されていることである。このメルヴィルのエクリチュール、文体こそ問題としなければならないだろう。訳者あとがきでは、メルヴィルの訳の難しさを述べている。特に本書の28章に記述されている『純粋なる小説においては形式上の均衡美が得られるとしても、本来絵空事ではなく事実をあつかう語りにあってはそれは容易に達成できない。真実を妥協なく伝えようとすると、語りはいつもごつごつした部分ができてしまう』の重要性を指摘している。ごつごつとした虚構性こそが真実に繋がるとでもメルヴィルは言っているのだろうか。こうしてみれば、メルヴィルは今後も解明され続けなければならない偉大な作家の一人であるのは確かと思われる。
ともかく「白鯨」と「バートルビー/漂流船」それに「ビリーパッド」を読むと感動する。その中でもこの「ビリーパッド」の描く不確定性が、他の作品よりも頭一つ抜けて優れているように思われる。
を購読しました。 続刊の配信が可能になってから24時間以内に予約注文します。最新刊がリリースされると、予約注文期間中に利用可能な最低価格がデフォルトで設定している支払い方法に請求されます。
「メンバーシップおよび購読」で、支払い方法や端末の更新、続刊のスキップやキャンセルができます。
エラーが発生しました。 エラーのため、お客様の定期購読を処理できませんでした。更新してもう一度やり直してください。

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
ビリー・バッド (光文社古典新訳文庫) Kindle版
18世紀末、商船から英国軍艦ベリポテント号に強制徴用された若きビリー・バッド。新米水兵ながら誰からも愛される存在だった彼を待ち受けていたのは、あたかも邪悪な謀略のような「運命の罠」だった……。緊張感みなぎるストーリー展開と哲学的な考察につらぬかれた現代性。アメリカ最大の作家メルヴィル(『白鯨』)の遺作にして最大の問題作が、いま鮮烈な新訳で甦る。
- 言語日本語
- 出版社光文社
- 発売日2012/12/20
- ファイルサイズ1407 KB
この本を読んだ購入者はこれも読んでいます
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- ASIN : B00H6XBJZE
- 出版社 : 光文社 (2012/12/20)
- 発売日 : 2012/12/20
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 1407 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 付箋メモ : Kindle Scribeで
- 本の長さ : 161ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 128,071位Kindleストア (Kindleストアの売れ筋ランキングを見る)
- - 398位光文社古典新訳文庫
- - 1,365位英米文学研究
- - 3,125位評論・文学研究 (Kindleストア)
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2020年1月10日に日本でレビュー済み
レポート
Amazonで購入
7人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2018年1月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
訳も丁寧で解説も深く掘り下げていて良かったです。電子版じゃないのも再版されないかな…
2014年2月27日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
内容的に、思いのほか陳腐だった。
多分、期待しすぎだったのだろう。
多分、期待しすぎだったのだろう。
2016年11月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
とてもきれいな、よい状態の書籍が届きまして、大変満足しています。ありがとうございました。
2019年1月8日に日本でレビュー済み
表現できないが、これはユニークであり面白い、
何がそう感じさせるのか誰か教えて欲しいぐらいだ。
さすが評価されているだけある。
長さはちょうど良く、訳も読みやすい。
何がそう感じさせるのか誰か教えて欲しいぐらいだ。
さすが評価されているだけある。
長さはちょうど良く、訳も読みやすい。
2019年5月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
シンプルな逸話かと思っていましたが、哲学者による別解釈を知り、再度読み直し。なるほど。なるほど。シンプルだからこそ、色々な解釈ができることを学びました。良い作品は、そうやって読み継がれていくのですね。時代が変われば解釈が変わる。ほんとうに楽しいです。