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ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫) 文庫 – 1967/3/2
医学、法学の博士号を持つ高潔な紳士ジーキルの家に、いつのころからかハイドと名乗る醜悪な容貌の小男が出入りするようになった。ハイドは殺人事件まで引起す邪悪な性格の持主だったが、実は彼は薬によって姿を変えたジーキル博士その人だった――。人間の心にひそむ善と悪の闘いを二人の人物に象徴させ、“二重人格"の代名詞として今なお名高い怪奇小説の傑作。
- 本の長さ130ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日1967/3/2
- ISBN-104102003010
- ISBN-13978-4102003015
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登録情報
- 出版社 : 新潮社; 改版 (1967/3/2)
- 発売日 : 1967/3/2
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 130ページ
- ISBN-10 : 4102003010
- ISBN-13 : 978-4102003015
- Amazon 売れ筋ランキング: - 466,746位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2015年5月27日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
読みやすい単行本を探して居たのでとても気にいっている。良かった。
2013年12月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
Really great story, happy to get it in Japanese!
2012年3月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「善」と「悪」のはざま苦しむジーキル博士。
理性ではわかっていても、「悪」の魅力にひかれるのは、
ジーキル博士だけではないであろう。
人はだれでも、「悪」をしてみたいという願望がある。
この作品を読んでいなくても、
「ジキルとハイド」という通称は
多重人格という代名詞で知れ渡っている。
これは、人の「悪」への願望のためではないだろうか。
理性ではわかっていても、「悪」の魅力にひかれるのは、
ジーキル博士だけではないであろう。
人はだれでも、「悪」をしてみたいという願望がある。
この作品を読んでいなくても、
「ジキルとハイド」という通称は
多重人格という代名詞で知れ渡っている。
これは、人の「悪」への願望のためではないだろうか。
2013年9月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本は一度読んでおいた方が良いと思います。薄い本ですが内容は濃いです。一言で感想など言えないほどに…。
2013年5月2日に日本でレビュー済み
弁護士のアタソンが戸口についての奇妙な話に巻き込まれる。
ハイドの捜索とジキル博士。カルー卿殺害事件。古典的名作。
ハイドの捜索とジキル博士。カルー卿殺害事件。古典的名作。
2007年8月13日に日本でレビュー済み
本作品は、予備知識を持って望むと、
その面白さが一つ失われてしまうことになるので、
作品に関する情報を頭に入れずに読んだ方が良いように思います。
以下、そのことを踏まえた上でのレビューとなります。
訳が不自然で、原文を読むよりも質は落ちると思います。
しかし、この小説が持つ多面性は非常に大きな影響を与え評価されています。
その意味では読む価値は大いにあると思います。
人間の正負の部分は肉薄している、
あるいは隣同士と言えるのかもしれません。
ということが、著者の主張のようです。
その点に関しては、非常に納得でき、
また、その警告になっているのではないかと思います。
その面白さが一つ失われてしまうことになるので、
作品に関する情報を頭に入れずに読んだ方が良いように思います。
以下、そのことを踏まえた上でのレビューとなります。
訳が不自然で、原文を読むよりも質は落ちると思います。
しかし、この小説が持つ多面性は非常に大きな影響を与え評価されています。
その意味では読む価値は大いにあると思います。
人間の正負の部分は肉薄している、
あるいは隣同士と言えるのかもしれません。
ということが、著者の主張のようです。
その点に関しては、非常に納得でき、
また、その警告になっているのではないかと思います。
2019年6月19日に日本でレビュー済み
「ジキルとハイド」といえば二重人格の代名詞であるが、この小説を読む限り、著者は二重人格を強調したかったのではないと思う。
ジキルは自他ともに認める紳士である。だから、彼の心の中に「悪」の感情があっても、世間体を考えると悪いことはできない。ジキルは半ば好奇心、半ば欲望から、自分の中の「悪」だけを取り出した。
はじめはよかった。ハイドになれば、自由自在に悪いことができた。飽きればジキルに戻ればよい。悪いことはハイドが勝手にやったのだから、ジキルは良心の呵責に悩まされることはない。
ジキルとハイドが性格だけでなく、人相や背格好も大きく違うのは、肉体と精神は一体という当時の考え方だろう。ここは重要である。周りはなぜジキルがハイドをかばうのか訝しがるが、ジキルが言うのだからやむをえないと従う。だから、次々に起こる不思議な現象を解決できない。
しかし、ハイドはジキルが思っていたより凶悪であった。最後にはジキルはハイドに乗っ取られる。この小説は怪奇小説という解釈の方が自然だと思う。
ジキルは自他ともに認める紳士である。だから、彼の心の中に「悪」の感情があっても、世間体を考えると悪いことはできない。ジキルは半ば好奇心、半ば欲望から、自分の中の「悪」だけを取り出した。
はじめはよかった。ハイドになれば、自由自在に悪いことができた。飽きればジキルに戻ればよい。悪いことはハイドが勝手にやったのだから、ジキルは良心の呵責に悩まされることはない。
ジキルとハイドが性格だけでなく、人相や背格好も大きく違うのは、肉体と精神は一体という当時の考え方だろう。ここは重要である。周りはなぜジキルがハイドをかばうのか訝しがるが、ジキルが言うのだからやむをえないと従う。だから、次々に起こる不思議な現象を解決できない。
しかし、ハイドはジキルが思っていたより凶悪であった。最後にはジキルはハイドに乗っ取られる。この小説は怪奇小説という解釈の方が自然だと思う。
2016年1月21日に日本でレビュー済み
古い作品であるのに古くささを全く感じませんでした。ジーキル博士が悩んでいた善と悪の二面性は少なからず誰にでも持ち合わせていると思います。そして、多くの人は悪の部分をうまく抑えていきています。ジーキル博士の持つ悪の割合が特別人並み以上に高かったのか、それとも悪を抑える力が弱かったのか。人は自分の悪事が露見しない状況になれば悪を行使してしまう弱さを持っているのではないか。