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儒教の創始者・孔子がお手上げ!?『論語』から学ぶ「どうしようもない」人間性とは

あなたは四大聖人をご存知ですか?仏教をはじめたブッダ、哲学をはじめたソクラテス、キリスト教をはじめたイエス、そして儒教をはじめた孔子。この四大聖人の中で、今回取り上げるのは孔子です。2500年前の中国に生きた孔子が言ったことやおこなったこと、弟子たちの質問に答えたものをまとめた中国の古典である『論語』。人としての正しい生き方を説いたその書は、時代や国を超えて多くの人に読み継がれてきました。3000人とも言われるほど、多くの弟子がいた孔子。彼は多くの人を感化し、教育した人物といえます。しかし、そんな孔子が「お手上げ」とした人間性が『論語』には記されています。人類の教師・孔子さえも根をあげた「どうしようもない」人間性とは、一体どんなものだったのでしょう。

孔子だってどうしようもできない!論語で批判されたダメな人間性

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観るべきところはない」、「私にはどうしようもない」。『論語』には、孔子の厳しい言葉がたびたび出てきます。彼は、教育の力で人間は向上すると考える一方で、教育を受ける側の人間性について、非常に厳しい目でみていました。では、どんな人間だと、教育の施しようがない、と諦められてしまったのでしょうか。みていきましょう。

肝心な精神が欠けている人

子曰く、上に居て寛ならず、礼を為して敬せず、喪に臨みて哀しまずんば、吾何を以てかこれを観んや。〈八佾第三26〉

人の上に立つ身でありながら寛容ではなく、礼法は正しいが敬意に欠け、葬(とむら)いに際して悲しまない。このように、肝心な精神に欠けている者には、観るべきところはない。

素直さ、真面目さ、誠実さが欠けている人

子曰く、狂にして直ならず、侗にして愿ならず、悾悾として信ならざるは、吾之を知らざるなり。〈泰伯第八16〉

気が大きく志を口にするくせに心がまっすぐでなく、無知なくせにまじめでなく、無能なくせに誠実でない、そんな人は私にはわからない。

追求しない、改めない人

子曰く、法語の言は、能く従うこと無からんや。之を改むるを貴しと為す。巽与の言は、能く説ぶ無からんや。之を繹ぬるを貴しと為す。説びて繹ねず、従いて改めざるは、吾之を如何ともする末きのみ。〈子罕第九24〉

正しく理の通った言葉には従わずにいられない。しかし、ただ従うのではだめだ。自分を改めるのが大切なのだ。やわらかく導いてくれる言葉は心地よいから、つい喜ぶ。しかし、喜ぶだけではだめで、真意を求めることが大切だ。ただ喜んでいるだけで真意を追求しなかったり、ただ従うだけで自分を改めないような人は、私にはどうしようもない。

考えない人

如之何、如之何、と曰わざる者は、吾れ、如之何ともすること末し。〈衛霊公第十五16〉

「これをどうしたらよいか、これをどうしたらよいか」と懸命に考えない者は、私にもどうすることもできない。

孔子に怒られた人たち

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孔子は弟子をはじめ、政治家たちの言動や行動を注意深くみる人でした。『論語』には様々な人たちの行動に対する孔子なりの考えが記されています。そこには、非常に可愛がった弟子の姿もあれば、冷たい言葉を投げかけられている人の姿もありました。ここでは、残念ながら低い評価を下されてしまった人たちをみていきましょう。

人の情に欠けた弟子・宰我

孔子の弟子には、言語(弁論)に非常にすぐれた宰我という者がいました。彼は口がたいへん達者でしたが、人間性には大きな課題を抱えていたことが、『論語』の孔子の言葉からうかがえます。

宰我が先生(孔子)におたずねした。
「父母が亡くなったとき、三年の喪に服すことになっていますが、一年だって十分長い期間です。君子が、三年間も通常の礼から離れてしまっては、礼は廃れてしまうと思います。三年も音楽から離れていては、音楽も崩れてしまうでしょう。古い穀物がなくなり新しい穀物が実るのも、火をおこすのに使う気の種類がひとめぐりするのも一年周期なのですから、喪も一年でいいのではないでしょうか。」

さすが、弁論に優れた宰我です。一見もっともな意見に聞こえるかもしれません。この宰我の言葉に対して、孔子はどのように言葉を返したのでしょうか。

先生は言われた。
「一年経ったなら、美味いものを食い、いい着物を着ても、おまえ自身は平気なのかね。」

「はい。平気です。」

「おまえが平気ならそれでいいだろう。喪に服しているときというのは、君子は、ものを食ってもうまくなく、音楽を聞いても楽しくなく、家にあっても落ち着かない。だから、そうしないのだ。おまえが平気だというなら、おまえ自身はそれでいいだろう。」〈陽貨第十七21〉

こうした発言から、孔子は宰我のことを「仁(人の情)に欠けるやつだ」と評しました。

孔子は、葬いに際して死をいたみ悲しむことが「礼」だと考えていました。こまごまとした作法よりも、心の底から悲しむ、そうした真情こそが礼の本質だと考えていたのです。

葬いの作法に気をとられて心から悲しむ気持ちが薄い宰我を「おまえ自身はそれでいい」と、直接諭すことをしないでいるところを見ると、宰我の内面は、もはや教化することはできない、と諦めていたのかもしれません。

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